最近では1998年チャイコフスキー・コンクール声楽部門で優勝、 センセーションを巻き起こした国際的オペラ歌手。 4年に1度開かれる同コンクールでは、コロラトゥーラ・ソプラノに適したレパートリーが チャイコフスキー作品にはないため、コロラトゥーラで声楽部門に参加する者は 別の作曲家の作品から選曲してよいことになっているのですが、 彼女が出場した1998年の応募要項には、なぜかその但し書きが欠落していました。
一次、二次と順調に選抜され、いよいよ決勝まで進んだ彼女が、 肝心の本選で歌う曲は仕方なく自分本来の声とは合わないチャイコフスキー作品を 選んでいたのはそのためです。幸いなことに審査員たちがそのことを不審に思い、 調査の結果、応募要項の欠落が判明、急遽、コロラトゥーラ向けの別な楽譜が用意されたのですが、 それは本選の3日前のことでした。しかも、彼女にとっては初見の曲で、 さらに慣れないロシア語の歌詞だったのです。とはいえ、3日の間にピアニストや指揮者までが 協力してくれたきおともあって作品を完全に手中にすることができ、 当日には満場一致で優勝することができました。
彼女は子供の頃から歌うことが好きで、小学生の頃は流行のポピュラー・ソングを口ずさんだり、 合唱団に入ったりしていましたが、ある日、先生の歌うイタリア歌曲を聞いてからクラシックの 世界に開眼、中学3年からは本格的に歌を勉強するようになります。 卒業後は、大分県立芸術短期大学付属緑丘高等学校音楽科声楽コースに進みますが、 高校2年のときに聴いたマリア・カラスのトスカから深い影響を受け、 将来の目標が定まったといいます。1984年に同校を卒業。高校在学中には 大分県高等学校音楽コンクールをはじめ、全九州音楽コンクール、 瀧廉太郎西部日本音楽コンクールに入賞。
その後、武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科に進み1988年に卒業。 1990年には日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第9期終了後、練馬新人オーディションに入選。 第10回飯塚新人音楽コンクールで第1位を受賞。1991年、郷里大分にて初ソロリサイタルを 開催。 1994年、第30回日伊声楽コンコルソ第2位受賞。イタリア・サヴィリアーノ市歌劇場 オーディションにて「椿姫」ヴィオレッタ役で合格。 1995年、第2回藤沢オペラコンクール第3位受賞。イタリア・ローマ市マンツォーニ劇場 オーディションにて「リゴレット」ジルダ役で合格し、出演。
第64回日本音楽コンクール声楽部門第1位受賞。あわせて増沢賞、海外派遣特別賞を受賞。 1996年第7回五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞し、財団法人五島記念文化財団の奨学生として 97年4月から99年3月まで留学。在伊中、ヴィッシ・ダルテ、フランコ・コレッリ 両国際声楽コンコルソに入選し、1998年、第11回チャイコフスキー国際コンクール声楽部門第1位受賞。 1999年、第9回出光音楽賞ならびに第2回ロシア歌曲賞を受賞。2000年1月、 オーチャードホールでの「ルチア」で藤原歌劇団に本格デビュー。
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